いろいろ考えることを止められない、不幸脳の戯言。
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去る人、来る人
以前から書いていた、とてつもなく物覚えと要領が悪い若者だが、とうとう現場を去ることになった。
この現場は向いてないと判断されたらしい。
でも、クビになることなく現場を移動ということになり、別分野の仕事に就くことになったようだ。
その方がこの者にとっていいのかもしれない。

今まで見てきて、繰り返しやってきたことについては大丈夫かと思いきや、とんちんかんなことをして、作業完了できないという事態を起こしてしまった。
おそらく、作業内容を全く理解していないに違いない。。。。

簡単な軽作業しかできないのだ。
つまり、基礎力も応用力もない。
あるのは、言われたことそのままで、かつ、難しくない作業をこなすだけの能力だ。
ちょっと病気を疑ってしまうくらい、仕事ができない若者だった。
でも、雑談だけはできる。。。。。

よく、就職口は先輩が就職していれば入りやすいなどあるようだが、この若者と同じ学校の先輩もまた、社会常識がない。
遅刻しても連絡してこないし、作業内容を打ち合わせする前に勝手にやるから二度手間になるし、イラっとすることが多いのだ。

類は友を呼ぶってことだろうか。

それはさておき、この若者は前途洋洋とは言い難い。
これから先、ITの世界で生きて行くには、かなり厳しいと思う。
違う職種で可能性を探るべきだと思うが、それは本人にそういう意識がないと難しい。
そこに至るのには、まだまだ時間がかかりそうだ。

私が言えることは、幸あれ。
これしかない。

行く手に幸あれ、若者よ!
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今の自分と向き合う
私の部屋は極狭の部屋ではない。
そのためか、物を置く場所が捻出できるために、とても物が多い部屋となっている。
どこに何があるかは把握しているけども、さすがに整理しようという気になってきた。
この場合の整理とは、物を片付けることではなく、捨てることだ。

専業主婦でも稼げる職業として、収納アドバイザーというものがあるらしい(時給5000円って本当だろうか)が、収納は全く物が片付かない。
使わないけれど、いつか使うかもしれない物をしまい込むのが収納で、これでは整理できたと言えない。

使う物がすぐに取り出せるような収納をするには、まず、物を捨てるところから始めなければならない。

ところが、私の場合、物への思い入れが強すぎて、なかなか手放せない。
使わなくなって数年は経過しないと、洋服でも捨てられない。
洋服は2年間一度も着なければすてるべきだというが、私の場合、3年目に着る事がある。
その時着ていない物を捨てるのは爽快だけど、着たくなった時の喪失感が半端ない。
よって、捨てられずにしばらく収納してしまう癖がある。

物への執着心が薄れるのに、最低3年はかかってしまうということだ。

新たな物を加えるのに、これまた延々と悩むので、ある意味3年サイクルでいいのかもしれないが、部屋は一定以上片付かないという事態になっている。
もっと自分と向き合って、決断力を上げなければならない。

努力しよう。
雑学に強いと雑談に強い
雑学に強い人は、雑談が得意であると、どこかの記事で見たことがある。
確かに間をもたすのに、ちょっとした会話から話を膨らませられるから、その通りだと思う。
これが客対応でも発揮できると、印象が良くなることは間違いない。

現在この部署には新入社員がいるのだが、先日から書いているように、恐ろしく要領の悪い者が一名いる。
彼は仕事はさっぱりできないというわけでもないのだが、すぐに言われたことを忘れてしまうため、ミスが多い。
確認作業も新しい作業もまかせられないため、今まで教えた作業のみ従事してもらうことになったのだが、相変わらず、電話を取れば言っている意味がわからない。
電話に関しては他の新入社員も同じような状態のため、訓練不足と言えなくもない。

だが、彼の場合、ポイントが自分の好みの分野においては、なかなかに口達者になる。
それ以外ではしどろもどろで、何を言いたいのかさっぱりわからないのに。

これがオタク、なんだろうか?

オタクの強みは、自分の得意なこと、不得意なことがはっきりしていると言うことだったが、彼の場合は今の仕事はどちらかというと不得意分野だ。
客と話をしたり、人に連絡したり、見知らぬ人と話をしなければならないから、それができないと仕事にならない。

どうも道を間違っている気がしてならないが、だからといって、この仕事以外の何が彼に向くのか、さっぱりわからない。
一人で黙々とできるような仕事は、職人的なものしか思い浮かばないが、まず、人の話を覚えていないので、師匠はイラつくことだろう。

まだ若いから、自分の向いている道を探るのもいいと思うけど、全くその辺は当人は考えていなそうな気がする。

てことはこのままか。。。。

・・・・・・

繁忙期は過ぎたし、まいっか。
そういう人と接する訓練だ。
そういうことにしよう。
覇者
広い芝生の庭を見るたびに、畑に植えたトマトを見るたびに思うことがある。
今、この世界ではさかんにエコや自然保護を唱えているけども、人間なんて到底自然にかなわない。

世界の覇者たる人間が、環境を壊していると言う人たちは多いが、毎年出る雑草はどれだけ土深く種が埋まっていようが、表面に出た隙に生え、除草剤を撒いた場所にも雑草は必ず復活し、多大な時間を費やさないと芝生を美しく保つことはできない。

人間が環境を壊して困るというのは、人間が暮らしやすい環境を失うから、困っているのだ。

多分、植物も動物も全然困ってない。

なすがまま、なされるがままを生き延びて、適応できなくなった人間と、一部の動物だけが滅びるような気がする。
だから、エコ活動というのは、結局のところ地球のためなんかじゃなく、人間のためだ。

ところで、このエコ活動について、ペットボトルの蓋を集めるというものがある。
蓋はリサイクルされるので、これを買い取るというシステムがあり、その買い取られた金でワクチンなどを買うというものだけど、これは全然エコロジーじゃない。
ただの寄付行為だ。
そもそも、エコロジーを唱えるならば、ペットボトルは使わない方がいいと思う。

話は逸れたが、環境保護のことを私も考えたことがあった。
だけど、実際自然と接してみて思うのだ。

”かなわない”と。

人間なんてちっぽけすぎて、一生懸命自分の周りの環境を保とうとしなければ、あっという間に植物にやられてしまう。

だけど、駆逐する必要はないと思う。

人間が覇者となって君臨する必要はどこにもなく、ただ自分たちの首を絞めない程度に環境に手をくわえながら、どこかでうまく折り合いをつけていければ、バランスが取れる瞬間があるはずだ。
それを探る研究、楽しそうだ。
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