いろいろ考えることを止められない、不幸脳の戯言。
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ぐるぐると考えること
国家試験を取得する専門学校卒の友人がいつも言う事がある。
自分は大卒に比べ考え方を含めて何かが足りないのではないか、と。
これはその友人のコンプレックス。
学歴への。

同じ職場の高卒の人が言う。
自分は大卒じゃないから、と。
これもきっとコンプレックス。
学歴への。

給与や一部の優秀な大卒者に比べると、コンプレックスを抱くのも理解できなくはないけど、自分が選択した道に対し、自信を持ってほしいと密かに思っている。
だって、すべての大卒者が優秀なわけではないし、アホなことしでかしちゃう大学生も知っているし、偏差値が高くても仕事できない人もいるし、大卒だからとひとくくりにできない現実がある。

おそらくその辺の事情も彼らは解っているのかもしれないが、給与の額や考え方が、引っかかってくるのかもしれない。
スタートラインが違うから、しょうがないことではあるけどね・・・・

ただ、彼らに対し、この先大丈夫かなと思うことはある。

会社に入ったら、会社から求められている仕事をこなす作業者としての役割と、会社を維持していく会社員としての役割があると思うのだ。
職場に不満がある時は、自分のことだけを見て、作業者に徹すれば耐えていけるけど、会社としては不協和音と思うことだろう。
作業はまた別の誰かに教えることはできるけど、独りで凝り固まってしまった人は、扱いが難しい。

彼らはどちらかというと、この独りで凝り固まってしまった人なのだ。

慣れた作業は素早くこなすことができるけど、それ以外のところに全く目がむかない。
ブルーカラーの仕事をしていながら、給与の差を嘆いても、こちらとしては返す言葉がない。
そこに気付くかといえば、10年以上働いていても気づいていないようなので、厳しいのかもしれない。

人間関係に対しても、新しい人が持ち込む空気を味わうのは大切で、今まで自分が気づかなかった視点や、やり方、考え方を会得するチャンスなのに、彼らはそれを感じることができない。
できないために、どこか足踏み状態なのだ。

友人が言う”何か”は、この足踏み状態のことかもしれない。

人間という意味では、大学はいろんな人がいる。
変な人や頭良い人、今まで付き合ったことないタイプの人ともしゃべるチャンスがある。
妙に偉ぶった先生がいて、こちらの我儘は踏襲され、ざっくりと点を切られてしまう。
その中で自分のカラーを押し出して、なじんでいくということを、大学生活では自然にやってきたと思う。
私の場合、人付き合いについては、大学に行かなければ全くダメなままだったろうと思うのだ。

しかし、これは自分の考え方だし、あの頃のあの時代でなければ通用しないものかもしれない。
だけど、彼らにもっと味わってもらいたいと思う。
他人と衝突しながらも、いろんな考え方を吸収して、成長していくということを。
他人への無関心は、自分のためにもならないということを、早いうちに悟ってもらえたらいいと思う。

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やらかしました・・・
初めての作業は慎重になっているはずだったのに、見事にやらかしました・・・・
がっかり。
事前準備に時間がとれずに、頭で整理ができていない状態でやってしまったのが、すべての敗因。
二度、がっかり。
原因は解っているので、二度とやらないけど、自分のペースでできないってすごくきついということがわかった。

ところで、今の現場、手順書がきっちりそろっているので、初心者でも簡単だと言う主張の元に、いくら作業がこなせたところで評価されない。
それはある意味、ミス=評価が下がる、ではないから良いものの、作業はそれなりに特殊なのに、それができても評価してもらえないというのは残念な感じだ。

初心者でも簡単だというけれど、初心者がやると通常の5倍くらい時間がかかり、すべての作業が就業時間内にこなせないという結果になる。
それでも作業の手際は評価外だ。
そのため、作業は誰でもできるのだから、いつでも辞めてくれていいと言われている。

これって萎える。
本人の努力なしに作業をこなすことはできないと思うが、そこはどうでもいい努力かあ・・・

だからといって、作業にえらく時間がかかると、作業の進捗確認が入り、作業はまかせられないという話になっていく。
理不尽だし、こういうところがうんざりだ。

私だけがこんな風に考えているのかと思いきや、同じように考えている人は他にもいて、同じくうんざりしていた。

この職場を牛耳っている奴は、今後どういう風にしていきたいのだろうか?
さっぱり方向性が見えない。
新人の教育方針についても、さっぱり不明。
ちょっとついて行けない部分がでてきている。
向こうも私のことを無視できる程度ならいいけど、果たしてどうなのやら・・・・
気に入らない者は追い出すの選択肢しか見えないからなあ。

そんな話はまたこれから考えるとして、とりあえず失敗を二度とやらかさないよう、今日のところは深く反省するとしよう。
資格の弊害
また資格についての文句かと思わずに読んでもらいたいところだが、資格について不満があるからこそ、その手の記事が目に留まるのは否めない。

TOEICの点数についてだ。

就活する時に、TOEICの点数がある一定以上あると評価されるため、学生はこぞってテストを受けるらしい。
できるだけ良い企業に、自分の思ったところに勤めるための努力なのだが、会社が期待している英語の能力を、彼らは発揮してくれないらしい。
例えばビジネス英語でメールを書いたり、英会話したりすることが難しいという記事だった。

何を今更、なんだけど。

何でもそうだが、資格には点数獲得のためのコツがあって、それさえクリアできれば高得点を取ることができる。
今回私が受けた資格についても、全くの素人が1か月がんばるだけで取れてしまう。
暗記力が優れていれば、大抵のものに対応できるのだから仕方ない。
それが実用的レベルで発揮できるかは、その次の問題だ。
もちろん基礎的なところを知らないと、応用もあったもんじゃないから、勉強がムダだとは言わない。

ムダではないが、暗記力だけを求め続ける教育から、応用力を求める教育へと変わるのではないかと期待していたのに、資格偏重は相変わらずで、それを努力として会社は評価するのだから、結局は何も変わっていない。
がっかりだ。

資格は、それを使用し続けてこそ、価値がある。


ところで、国立大卒のたくさんの資格持ちの人が、字幕のある映画を見続けることができないと言っていた。字幕を読んでいると疲れてしまうらしいのだ。
字幕を読まないとわからない言語の映画ならわかるが、英語であれば耳から入る言葉と目で一部を補うことで容易に見ることができると思うのだが。
英語やら数学やらの点数が優れていたから国立大に入学できたんだろうに、三流私大卒の私ですらできることが、この人にはできないとはね・・・・

教育っていったいなんなんだろうと思ってしまう出来事だった。
そろそろピーク下り
笑ってしまうくらい忙しい日が続いた。
夜10時帰宅がざらで、週末は何もできずにただ家でぐったり。
だが、そういうのが日常となりつつあり、このペースに慣れてきた頃に、忙しさが徐々に収まりつつある。
つかの間の休息かもしれないが。

毎年この時期は繁忙期らしいけど、人に聞かずに作業をこなせる人が人員の半分しかいない。
後の半分が全くの素人で、コピペのショートカットから教えなければならないありさまだ。
当然のごとく、教える作業は後回しになり、日中はほぼ放置気味で、残業で教える羽目になっている。
ある意味予想通りだ・・・・

そしてここへきて再度、風邪が蔓延しつつある。

だけど、どうしてかわからないが、私はそんな中でも全然風邪をひかないで過ごしてきてしまっている。
一体なぜなんだろう?
自分でも疑問に思うくらいだ。
年齢的には年よりの方なのに。

ちゃんと飯食って、運動して、早寝するだけで、結構健康的に暮らせるもんだなあと思いつつ、このまま連休まで体調を保って行きたいと思う。
早出残業休憩無
一言でいえば、忙しいって奴だ。

あんまり残業のない職場なのだけど、4月に入ってから何だかもう、連日やることがたんまりだ。
延々と作業し続けているのに、終わらない。
私の作業スピードが遅いのか、何度も進捗確認の声がかかる。
それ以外のこともやってもらいたいのだろうが、一度に作業できるものとやりにくいものとあって、自分的には間違えない範囲で作業をやるしかない。

でも遅すぎるってか。。。。

その自覚はあるけども、ミスを防ぐには確認すべきところを落とさないようにしないと、後で自分が不安になる。
年を取ったせいで、頭の回転が鈍くなっているんだろうか?!

それと、作業手順書を確認しながらやっているので、遅いのだ。
覚えているところは飛ばしたいところだが、抜けてしまうのが怖い。
よって、わざと手順書を見ながらやっている。

過度の不安に苛まれると、強迫症という病気に認定されるらしい。
例えば、鍵をかけたかどうか不安で、何度も確認して外出ができなくなる、などの症状だ。
私はプライベートはゆるゆるなので、そこらへんは全く不安がない。
リラックス状態なので、短期記憶がしっかりしているし、万が一鍵がかかってなくても、自宅警備員(犬)がいるので心配していない。

仕事は全然リラックスできない。
過緊張でピリピリだ。
休みも昼食時もその状態が続くため、神経が疲れる。

まあね、仕事なんてそんなもんかもしれないけどさ・・・・
せめて休み時間が欲しいし、一人でゆっくりしたいなあと思う、今日この頃。
ミスを防ぐ方法
私は元々不安が強い方で、仕事では自分のやったことになかなか自信が持てず、逐一確認しながら作業をこなしている。
ぶつぶつ口で指さし確認までしていることがある。
隣の席の人は実にウザいと思っていることだろうが、おかげでミスは少ない。

だが、今日みたいに忙しいと、その瞬間はOKと思って作業していても、後から考えると大丈夫かと不安が襲ってくることがある。

というのも、ダメ出しされた放置系の人が、少しは使えるかもということで、新たな作業を教えることになったのだ。
その教える担当というのが、数か月しかやっていない私だ。
これがそもそも間違っている気がするが、とりあえず長時間かけて教えた。
その都度当人に作業手順を繰り返させ、本作業に移る前に何度も口に出させてシミュレーションさせた。
そのおかげか、今日見ている限りでは、大丈夫なように感じた。

そんなことをやりながら、また、私が担当する別の作業もやらなくてはならず、同時並行でいろんなことをやっていたために、自分の仕事分がちゃんとできているかどうか不安になってしまった。
しかも、帰宅してから・・・

そんなに不安なら、その時確認すればいいと思うだろうが、その時は確認して、確信を持ってやった。
なのに、なぜか後から考え直して不安になってしまうのだ。
これは性格か、病気か、一体どちらなんだろうか・・・・

今日私がやった作業分は、ちーっとくらい間違えても、どーにでもなるようなものだけど、こんなに不安に思うなら、もう一回帰る前に見直しとけばよかったと思ってしまうのだ。
多分、何度も作業の終わりには見直して、確認しているのにも関わらず。

だけど、どうしても自分に自信が持てない。
思い込みでやっていることもあるし、すっこーんと頭から抜け落ちていることもあるのだ。
その都度別の方法でカバーしたこともあって、今までどうにかやってこれてるけど、慣れというのは怖い。
作業慣れしてくると、思い込みが増えるから。

一方、ダメ出しされた放置系の人は、自分に対して不安なところがないらしく、忘れていること、思い込みでやっていることでも、知りません、前回はできました、と断言してくれる。

羨ましい性格だ・・・・
そういうところは見習いたいものだ。
叫びたくなる
新年度が始まった。
朝から厄介な件に関わり、ようやく終わったのが昼過ぎ。
昼飯を15分で終わらせ、すぐに次の作業へと取り掛かる。

昼休みは一体どこへ?????

この職場って、わざと昼休みに作業の予定を組むことが多いため、昼休みがまともにとれたためしがない。
それなのに、勤怠管理にはしっかり休憩1時間の記載がある。
全く不本意だが、逆らえない。
そんなこと突っ込もうものなら、じゃあ辞めればと、簡単に返ってくる来ること間違いなし。
実に弱い立場だ。

さて、こんな現場に新人君がやってきた。
それも2名だ。

当たり前だが、何も知らない。

メールの書き方も出し方も、なーんも、知らない。

初めての社会人だからそんなもんか。
まあ、こっちはぼちぼちでやってもらいたい。

で、ぼちぼちやれてないのが、私の心だ。
ベテランが辞めてしまって、バッファがなくなってしまった。
責任者のイライラや妙な言動の緩衝剤的役目だった人がいなくなってしまったのだ。
昨夜はこれを考えるだけで、出社拒否症をググるくらいだった。

作業的には大変になったけど、致命的ではない。
これは責任者もそう言っていたけど、そういうアンタの存在が・・・・なんだよね。。。。

一緒にいて圧迫感を感じる人で、全く心がリラックスできない。

出来うる限り圧迫感を感じないよう、ミスを一切無くし、手際よく事を運び、さからわないようにしなくては(ここが一番重要)。。


あーーーーーーーーーUZEEEEEEEE


ふう。
明日は別の対決が待っている。
早く寝よう。
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