いろいろ考えることを止められない、不幸脳の戯言。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
閉塞状況の打開方法
氷河期世代にはありがちなパターンかもしれないが、私は今まで部下を持ったことがない。
派遣社員とアルバイトがいる中での、リーダー業務はやったことあるけど、育てていく部下を持ったことがないのだ。
公務員的な職場にいた時に至っては同僚すらおらず、ポンと放り込まれ、勝手にやってねで放置された。
できることからやろうとしたが、そもそもその部署は人が足りており、私は完全に過剰人員だった。
一方で、氷河期に得た職なのだから、簡単に辞めてはいけないと我慢し、他で生きていく術もなく、10年勤めたのだ。
これは就職氷河期の特徴なのだろうか、そんな苦痛を現在でも味わっている人らの名称があるらしい。

”社内失業”

「社内失業 -企業に捨てられた正社員」(増田不三雄)を読んだところ、いわゆる新入社員や中途採用の人が、仕事をふられることもなく、ただ暇をつぶすしかないという恐ろしい状況に置かれていると知った。
この人らはフリーライダーとも呼ばれることもあり、サボってばかりのダメ社員と認定される。
だけど、こいつらがどうしてこうなったのかには焦点があたらない。

最初のうちはもがいたという。
なんかないかと探したという。
でも、それでも放置、放置、放置を繰り返され、やることないんですね、そうですか、じゃあ暇つぶししてますとなってしまったらしい。

このフリーライダーに、今まで何度もお目にかかってきた。
先輩などから教育を受けたことがないのだろうと思う。
自ら育つ以外に選択肢がないので、要領が悪ければ以上終了、となる。
要領がいいやつを振り分けるシステムかと思いきや、成果をとられたくない個人事業主ばりの考えによるものだったり、忙しすぎて教えるのが負担になるからだったり、管理能力が低いとみられたくない人の思惑だったりして、複雑だ。

しかし、フリーライダーはどこか不満のはけ口になっている気がする。
必要悪みたいな。
えた・ひにんを地で行くみたいな。
本当の悪はフリーライダーではなく、そうさせた環境で、そもそも働く気がなければうんざりな思いをして就職しない。
だが、ボンクラを見ていて思ったのが、本人はすでに適性がないと解っているのに、そこを出たら失職してしまうがために、同等の待遇を得られないがために身動きできないでいる。

もっと自分にわがままになっていいんじゃないだろうか?

こんな扱いおかしいんじゃないかと、不満を会社や社会にぶつけていいんじゃないだろうか?

何もかも整うのは相当先の話で、それを得るためには、今、声を上げないと遅いのだ。

企業というのは、社員を守り、社会に貢献することだけが目的のはずなのに、今の企業内は個人事業主ばかりだ。
それは、派遣も契約社員も正社員もそう。
互いに自分の仕事を守るために、ノウハウは教えないし、教えたくない。
だって、それがなくなったら、派遣も契約社員も契約満了でさようならとなるし、成果をとられた正社員は評価が下がってしまうから。

一緒に仕事をするすべての人がライバルなのだ。

うんざりだろう?こんなの。

横のつながりがないと、孤独感を募らせてしまう。

だけど、無料でノウハウを教えたところで、安い時給の他の人に挿げ替えられるだけで、自分は職を失うばかりなのだ。
何かしら掴んでないと、時給交渉はおろか、雇用さえ危うい。

わかってるけど、うんざりだ。
私はさっさと脱落したい。

けど、こんな状況を打開するのは、実はホワイトカラーかもしれない。
これについてはまた明日。

国産の大豆と、国産のひじきと、近所で買った油揚げと、近辺で採れたにんじんと、特売の鶏ムネ肉でもって、5目飯でも作ろっと。

スポンサーサイト
興味があれば怖いものなし
つまんないと思ったことに対しては、これっぽっちも時間を割く気がない。
だけど、一度きっかけを持てば、ハマる。
ハマると理解につながるから伸びる。
暗記型勉強が苦手でしょうがないので、経験から勉強へと結びつけることにしている。
物事ってのは、案外つながっているもんだから、それを足掛かりに知識は広がっていく。

で、今の私の興味の対象は、ネットワーク。

現場で経験したことと、知識とが完全に結びついていないのだ。
経験値があることが何より大事だけども、うまくいかない理由を探るには、しくみを完全に理解する必要があると判断した。

改めてやってみて、おもしろいと思う。
トラブルの理由がわかるまで調べるのが楽しい。
子供の興味に近いもんだけど、勉強はこうやってしないとつまんないし続かないからねえ。

このところすごい勢いで読書中なのだが、劇的ブルーな「最悪」(奥田英郎)、「告白」の二番煎じのような「贖罪」(湊かなえ)を読み終えました。
「最悪」の方は、これでもかってほど不幸な方へと引き寄せられていく主人公らがせつないばかりで、読み終わった後、疲れてしまった。
町工場の社長は堅実な人だったのに、NOをはっきり言わなきゃやばいでしょ!とこっちが声を上げたくなるくらい、しがらみに躍らされ、銀行勤めの一般社員OLはなんだかなあな感じだし、その妹もなんだかなあで、思いっきりAC(アダルトチルドレン)は若者はお決まりのやくざコースで、みなさんそれぞれに転落コースを見事にたどってしまう。
ぶあついけども一気に読めるほどの内容で、そのほとんどが人物描写なので想像もしやすく、漫画のようではある。

「贖罪」は今度映画化されんのかな?
「告白」も読んだけど、救いようがなくて、ブルーになる。
だけど、読み手を引き離さないのだよねえ、話がおもしろいのかなんなのかわからないけども。
「贖罪」は殺人事件に遭遇した4人の女の子らと被害者の母親との間にある確執を15年にわたって持ち続ける話だ。夏休みのとある日、校庭で遊んでいた5人の小学生の女の子のうちの一人が、知らないおじさんに連れて行かれるところから始まる。

「告白」と同じく、語りかけ口調で文章は綴られている。
その相手は被害者の母親なのだけど、人間はちゃんと最初から最後までしっかり話さないといけないね。
相手がどう思っているかも、自分がどう考えているかも、空気だけじゃわからない。
最近は空気読めという言葉もあるくらいで、確かに場の雰囲気はおろそかにできないけど、んなもので真意が伝わるわけがない。
自分がこうだから相手もこうのはずなんて、通じないね。
人間が違うってやつだよ。

どちらもおもしろくて一気に読んでしまうけど、疲れました。
いや、内容もだけど、ついつい夜更かししてしまうってとこがね。

こちらこそ、ということ。
この現場を去ることが決まった時、アルバイトらに後を頼むと一人ひとりに告げて回った。
まだ不完全なサービスだし、後任はボンクラと素人さんだけど、今までやってきたようにやれば当面は凌げると伝えた。
まだ若い、二十歳そこそこの彼らは、知識もさることながら、バイト時間数も限られていたため、なかなか通しで仕事に携わるのが難しかった。
そんな彼らの穴埋めや作業の伝達をやっていたのが私で、一番彼らと深く関わっていた。
とりあえずわからんことは聞いてくれと言っていたため、彼らは迷うと100%私を呼んでいた。

そういう状態だったため、私がこの現場を去ると知った時、衝撃を受けていた。
まさか、と思っていたようでもある。
不謹慎ながら、頼りにされていたんだと実感でき、うれしくなってしまった。
お世話になりましたと言ってくれた子もいたが、こちらこそ、だ。
私の仕事を手伝ってくれてありがとう。

純粋に感謝の気持ちを抱く出来事だった。

戒め
私の目的はITのスペシャリストになることではない。
英語がしゃべれるようになることでもない。
今やっている工芸を一生続けて、対価を得るようになりたいのだ。
そのために、時間が割と自由になる派遣やらの仕事を選択してみた。

だが、その結果工芸は80%ストップ。
目の前の仕事におぼれてしまって、そっちをこなすだけでめいっぱい。
いつ辞め時かと算段しつつも、辞めると困窮する日々が待っているため、タイミングを逃し続けてきた。

時給は低くてもいいから、時間がめいっぱい自由になる仕事がしたい。

いつからこの前提が揺るぐようになってしまったんだろうか。
日々のボンクラの所業や、うまく事が運ばないサービスに気を取られ、それらを我慢するだけで、工芸でやるのとは比べもののにならない対価を得ることができ、安易な方へ流れ続けた。

そしてまた、安易に派遣への応募をしてしまった。
こういう状態で、良い作品が生まれるわけもない。
日々のフラストレーションやら希望やらが作品にはこめられるのに、そのエネルギーが他方を向いてしまい、今の私は空っぽだ。
空っぽになるといろんなものに付け込まれる。

例えば、派遣の応募。
よく見ないからエサに食いついてしまった。
というのも、技術の案件って応募者の技術内容を判断して、すぐに相手方と面接ってことになるのに、社内選考とやらで先に登録しにこいと言うものがあるらしい。
こりゃなんじゃと調べてみたら、登録者を増やすための釣り餌らしく、そんな案件なぞ存在しないことすらあるらしい。
そう思って案件を確認したら、登録日がえらく前。
やられた。。。

愚かな所業を書いておくことで、明日への戒めにしたいと思う。

ところで、私はビジネス書を一切読まない。
成功談を聞いたって、そんなもん自分には真似できないもの。絶対儲かる話がありますという広告と、何ら変わりない、読んでも無駄だと思っている。
小説やらの、時代に込められた思いを汲み取る方が楽しく、心の肥やしになる。
そんなことを思っていたら、同じこと言ってる人発見。
精神科医の香山リカさん。
興味あったら読んでみてください。http://diamond.jp/articles/-/17967
時間か衣食住旅か
引き続き、北欧での幸せ度が高い事に関する記事を読んでみた。(元記事こちら
読めば読むほど、私の姿勢と(ここに書いてある)北欧の人の姿勢は同じなのだ。
自然により近いところに幸せ感がある。
不便は楽しいのだ。
よくわかる。
だからといって、この記事で言うところのサバイバルは、どちらかというとチャレンジに近い。
生き延びるというよりも、自分で進んで挑戦してみるというような。

この人は、都心に住むことを便利と称しているけども、”通勤”は決定的だ。
いくら郊外で自然の多いところで過ごしたいと言っても、満員電車の通勤2時間とか、普通に地獄だって。
だって、8時間働いて、プラス4時間の拘束時間だよ?
残業をしようもんなら、起きている間中ずっと会社関係に縛られて、帰って食べて寝るだけで余裕もなく、土日しか時間がないんだよ?
でも通勤30分のところに住めば、3時間も自分の時間ができるんだよ。
普通こっちを選ぶでしょ!
北欧がどんな社会なのか、この人のレポートだけでは全くわからないけども、少なくとも、日本で自分の時間を作ろうと思ったら、都心に住むことを余儀なくされる。

日本で会社員をするなら、自然を主体とした住環境を重視し、職場からかなり離れたところに住むこと、時間を主体とした住環境を重視して、職場に近い都会に住むことのどちらかしか選べない。
そもそも、通勤時間にどのくらいかかったら、遠いと思うかは人それぞれだけど。
北欧はそこらへんどうなんだろう?

この人は、コンサルティングを売っているみたいだけど、すべてを得るためのアイディアがあるのだろうか?
だったら知りたい。
時間を得たまま衣食住旅を得る方法を。

最後に、イェイツのイニスフリーの湖島という詩がある。
この詩は、ロンドンに住むイェーツが、故郷の田園生活をしのび、自然の中で静寂な生活に戻りたいと歌ったものだ。
私にはこの気持ちがよく理解できる。この記事の著者にはわからんだろうなあ・・・

※英語が苦手な方は、千と千尋の神隠しの銭婆の家を思い浮かべてください。あの環境そのものです。

The Lake Isle of Innisfree

 William Butler Yeats

I will arise and go now, and go to Innisfree,
And a small cabin build there, of clay and wattles made;
Nine bean-rows will I have there, a hive for the honey-bee,
And live alone in the bee-loud glade.

And I shall have some peace there, for peace comes dropping slow,
Dropping from the veils of the morning to where the cricket sings;
There midnight's all a glimmer, and noon a purple glow,
And evening full of the linnet's wings.

I will arise and go now, for always night and day
I hear lake water lapping with low sounds by the shore;
While I stand on the roadway, or one the pavements grey,
I hear it in the deep core of the heart.

[from "The Rose"]
遠い目をしてみた
海外ドラマを見るのは好きだし、洋楽を聴くのも好きだし、英語を読むのも嫌いではないのに、英会話に対しての拒否反応はなんともし難い。
そんなに必要ないかもしれないのに、あえて勉強するという作業がムダな気がして、拒否感が出ているのだろう。
おもしろくないんだもの。

私のこの致命的な欠点。

”おもしろくない”

おもしろくないことはやりたくないし、興味が持てないものには取り組みたくないと、いくらでも致命的な言い訳がたくさん出てくる。
これはなんとか症候群とかって病名はつかないんだろうか。
ついたら少し気が楽になるのに。
怠け者の言い訳と自分を追い込むのだけど、そこから発奮せずに萎えるのは、やっぱり性格か?

英会話というものは、会話を楽しみたい人がするもんだという強い思いがある故に、英会話学校には縁がない。
不特定多数と話すなんて、荷が重い。仕事でもないのに。

英語でなにかする楽しみを見つけるか。
やっぱ海外旅行か。
海外旅行つったら、先立つものが必要か。

ヨシ、海外旅行に行くことにして、英語を勉強しつつ、職を探そう。

※ともすれば働きたくない病が暴発するので、自分を楽しみで追い込んでおきます。
本当に旅行するかはまた別のお話・・・(ネバーエンディング物語風の語り口で)
拒否感をお茶と犬で収めるの巻
いつまでも過ぎた現場の愚痴にとらわれず、次の職を探さねばならないわけですよ。
この現場のいいところは、田舎にあって、交通はかなり不便だけども、自然がいっぱいでよかったのです。
私は人ごみが苦手で、電車も疲れてしまうからなるべく乗りたくない派なのだけど、通勤はしゃあないと割り切っていた。(電車は嫌なのに、バスは気にならない)
だが、この手の通勤をしなくなって早数年、また電車通勤のところで働くかと、面接に行ってきましたよ、と。

あーーーーーー無理ーーーーーーーーっ

まず何が無理って、小馬鹿にした女性とできることなら黙っていたい男性と、電話での英会話。

オマエ、英会話必要ないゆーとったやんけ!!!

私は、英文なら読める。
書く方も、どっかを真似しながらとかやってなら、いける。
だが、英会話は使わなくなって久しい。
口から英語がするっと出て来ていたのははるか昔。
その間旅行くらいしか行ってなくて、旅行中でも英語が全然出てこねえ、と汗かいてたってのに、いきなり仕事で会話できるかいな(怒)

ストレスを与えれば、そこに慣れるということはできるけども、これが派遣なんかに通用するとは思えない。

○○ができます、××ならできます、でも□□はできません、となったら、できないならパス!となる。
だって派遣だもんね~
できないのをできるようにするまで待つ余裕があるような企業ならいいけど、今回とこはないね。(きっぱり)
加えて、電車通勤の人ごみで、うんざりうんざりうんざり(延々と続く)で、拒否感満載でした。

過去形なのは、暖かいお茶を飲んで犬をなでまわしていたら、気持ちが落ち着いたのです。
そして、改めて。
”今回とこはナイわ。別のとこ探します。”

あづっ
台風が去った後ってのはこんなにも暑いもんだっけ?

今頃の台風はほとんどコースを外れるから、居住地域にはどうせ来ないだろうと高をくくっていたら、見事に暴風雨になった。
どんどん強くなる風と雨、油断して(なめきって)干しっぱなしにした犬のタオルが帰ったらふっとんでました。。。(泥まみれゆえ洗い直しです)

梅雨時期に台風が上陸した記憶があまりないのだけど、これって異常気象なんだろうか?!

台風一過の夏の日にありがちなのは、強烈な暑さなのだけど、ご多分にもれず、今日は暑かった・・・
なのに、夕方はさらっとさわやかな空気で、空はきれいな夕焼けで、質感のいい雲で、幸せな気分になった。
犬と夕方の買い物に出かけて、空を眺める余裕があって、本当に幸せだ。
無職の日々がすぐそこにあるのに、いいんだろうか、この余裕?

あなたが欲しいモノはなんですかと聞かれたら、私はダラダラする時間が欲しいと答える。
次の職が見つからなかったらブランクになるとか、40歳越えたら職がないとか、そういうことを考えなくてもいい、自由な時間が欲しい。

物ではしんみりした幸せを感じることはできないねえ。
達成感はあってもさ。

幸せの条件
幸福度ランキングなんてものがあるらしい。
トップはブータンかと思いきや、北欧三カ国なんだそうだ。
どんなアンケート結果でそうなったのか、少なくとも私のところにそういうアンケートは来ていないし、甚だ疑問に思うところはあるが、北欧の幸福度が高いのは、福祉によるところがでかいと思う。
いざ自分が働けなくなった時に、死なずに生きていけるかどうかが福祉の最大のポイントだ。
日本は、残念ながら死ぬという選択肢しかない。

先日から生活保護の不正受給問題が表に上がっているが、稼げなくなった時の最後の助けである素晴らしい制度のはずなのに、たたかれまくっている。
最低時給で働いている人よりも、受給金額が多いのは大いに考え直してもらいたいし、受給後の収入状況を捜査する権限がないのもおかしいし、本当に必要な人がもらえなくて餓死するのはもっとおかしい。
日本人は生真面目な国民性と言われるけども、根底にある”働かざるもの食うべからず”が良くも悪くも影響して、こういうバッシングになっているのだろうと思う。
苦しくても働くというのが国民性なのだとしたら、生きるのは苦痛で、死ぬことが解放なのだから、生きている人間に対する幸福度アンケートで、上位を取れるはずがない。

本田直之さん [レバレッジコンサルティング株式会社代表取締役社長兼CEO]がワークライフバランスから、ワークライフハピネスへと言っている、ダイヤモンド・オンラインの記事があるのだけど、なんだかとんちんかんな言い分なのだ。
バブル世代への提言なのかよくわからないのだけど、物よりも時間やらを重視することで、幸福度が上がると言っている。
そんなこと、とっくの昔に悟ってますが、なにか?

この方が幸せに必要としている条件を10個あげており、自分は大抵はクリアしているけども、致命的なのが将来への見通しだ。
経済的にも安定しないし、住む場所も賃貸なので追い出されるし、楽しむ仕事にありつければ御の字といったところ。
でも、そんなの大半の非正規社員がそうだろう?

誰に対するメッセージなのだろうなあ?

だいたい、国別幸福度ランキングなんて、わざわざとらなくとも、自殺率が低い国ほどランキング上位に決まっている。
自殺の原因がなんなのか、この方はもっと調べるべきだと思う。

幸福度ランキングなんて無意味だと思うけども、あげたいと思うのならば、未来は真っ暗でも、現在の幸福を感じ取れる能力を身につけることこそが、今の日本には必要だ。
要するに、悟りを開くってことだ。
今日生きていることに感謝し、明日死ぬことを厭わない。
これ最強ね。

動物だってばさ・・・
不況になると哲学が流行るように、無職になると本を読むスピードがアップする。
「逃避行」(篠田節子)を読んだ。「女たちのジハード」の著者だ。
この話は、隣家の小学生の男の子を噛んで殺してしまったゴールデンの飼い主が世間から逃げるというものだ。

少々不細工だが、おとなしくて人が好きで、人を噛むなんて到底あり得ないとされているゴールデンレトリーバーが、庭に不法侵入した小学生の男の子のひどいいたずらにより、パニックを起こして喉笛を噛んで死なせるところから始まる。
飼い主一家は妻、夫、成人した娘二人(片方は家を出ている)で、妻以外はこのゴールデンを処分する方向へと話を進めていくが、納得いかない妻はこのゴールデンを連れて家を出てしまう。
長距離トラックに乗せてもらい、最終的に行きついた先は関西地方の山奥のリゾート別荘地のなれの果て。
ここで暮らしていくことを決めた妻とゴールデンだが、別荘地なんて不便極まりない場所だ。
それなのに、この妻は犬を飼っているのに免許すら持っていないときた。
しかし、ここを安住の地として妻と犬は暮らしていくことに決めたのだった。

それにしても、この話では庭に不法侵入していたずらした男の子が被害を受けたが、例えばこれが泥棒だったらどうだろう?
自宅内だったら、明らかに世間の目は違ったのだろうか?
それとも”子”だったから、犬を責めるような評価になったのだろうか?


話事態はさらっと読んでしまえるほどの内容だけど、犬に関する記述がいまいちだ。
まず、犬がいたずらされていることを知っていたなら、訴えようや。
庭に勝手に入るなんて、不法侵入だから。その上いたずらされたなら、警察に言えるはず。
何度もされて、親に言っても効果がないのなら、警察へGOだよ。

犬は特定の事象に怯えて、パニックになることがある。
治療という名の痛いことをする獣医の手に噛みついたり、爪切りで抵抗されることなんて当たり前だ。
動物なんだよ。
身を守るために牙を使うのは当たり前だ。
それをいたずらする男の子も、妻も忘れている。

別荘地で小動物を狩って食べる記述があるけども、こんなのうちの犬でもやるだろう。
狩らなくても食べるものがあるからやらないだけで、空腹になったら、生きて行くために絶対やる。
ただ、野生がなまりきっているから、容易に捕まえられるとは思えないのだが・・・・

大型犬は歯並びが狂いやすい。
繁殖には気をつけないとならないのだが、ペットショップの犬なんて考えられているわけがない。
だけど、乱杭歯だから獲物を振り回してしとめるわけではないのだ。
獲物を振り回すのは歯並びがきれいでもやる。
うちの犬はぬいぐるみでそれをやっていた。お腹の綿を取り出して解体していたから、本能なんだろうと思う。
それに、鳥のくちばしは硬い。
鶏頭の水煮でこそくちばしまで食べるけど、生の首を与えると、くちばしだけ出す。
頭部を切り取るのは普通の行為だと思う。

この本に書かれている犬の記述は、犬として飼っている人には当たり前のことなのだけど、人として飼っている飼い主の感覚なのだ。
どれだけ人の手が入っていたとしても、野生の本能は消せない。
動物なんだもの。
それをよく解ったうえで、犬と接していただきたいものだ。

あ、生の鶏の首ね、それだけを売ってくれるところがあるんですよ。
見た目はいまいちだけど、犬は喜んで食べるからね。
あの獲物を前にした犬のぴりっとした感じがいいんですよ。
目の輝きが断然違うからねえ!

当たり前のことなのに。
”社員をコスト扱いするな”という、至極当たり前のことを言っているだけなのに、注目されてしまう社長がいる。
未来工業創業者の山田昭男さんだ。

こんな発言が注目されてしまうくらい、日本社会が狂っていっている証拠だと思う。
いつから人はコストになったんだ?
そんな考えだから、国も人も経済も疲弊するんだって、なぜわからない?!

私は今までいろいろな現場を体験し、様々なうんざり発言に出会ってきたけども、今回ほど明確なコスト扱いはなかった。

現場が会社に支払っている、月の契約金の値段を出されて、あなたにはこれだけのコストがかかっていると言われても、残念ながら4次請けの社員である私には微々たる値段しか入ってこないわけだよ。
そんなこと言われても、ハァ? としか返しようがない。
こういう会社で働くには、金以外の、次に通用する何かが得られなければ、在籍する意味がない。

現場と会社が契約している時間数(コストに対する契約時間数)を持ち出し、あなたはこれだけの時間を働く必要があると言われても、給与の一割の見込み残業代しかつかないのに、作業がとっくに終了していても、居残っていらない残業までする意義を感じない。
こんなこと言われても、ハァ? としか言いようがないわけだよ。
やっぱりこういう会社で働くには、金以外の、次に通用する何かが得られなければ、在籍する意味がない。

これはほんの一部のうんざり発言だけど、人をコスト扱いする感覚は恐ろしいほど隅々まで浸透していて、全体がギスギスしているのを感じる。

かつて人をコスト扱いしない、公務員的な会社に身を置いたこともあったけど、ここはこれで、無駄な作業でもって時間稼ぎ、かつて通用した技術以外のものを身につけようとしない技術者、煩雑にして他人に理解させようとしないなど、病気になるくらい合わなかった。
ここで得た結論は、人はコストじゃない。
作業がコストなのだということ。

だから、作業=人とする技術の世界は、考え方もシンプルかと思ったが、そんなの甘かった。

今回のところは作業が増えてもそのままのコストでやらせようとする、明るい奴隷体質の現場。
ボンクラの作業もカバーしてんだから、時給をあげろと挑んだら、あっという間に解雇だし。
解雇の理由も、明確に、コスト、と書かれていた。

コスト扱いされたら、相手もコストとしか見ない。
そうやって、どんどん全体が疲弊していく。
世界全体がそうやって疲弊していくのだ。
解決の糸口は、安いモノは悪くないといけないということだ。

IT業界の明るい奴隷たちよ、安い単価ならそれなりの働きをすることが、明日の自分を助けることになるのだ。
下手にうまく事を運んではいけないが、最初は使える奴をアピールしなければならない。
そして良い働きを認められたなら、ちゃんと発言をして、単価を上げてもらうように。
それを認めないなら、現場も会社もさっさと去ることだ。
良い働きを積み上げたなら、それなりにどこでも使える技術者になっているはずだ。
使える奴は3カ月でアピールできるから、最初の3カ月は必死に食らいつけ。
あなたが次の3カ月を快適に過ごすために。

いつの時代も皆必死だから
どの世代の人間であろうと、皆、生きるのに必死なことは間違いない。
これから先社会へ出て行く者も、今必死で会社にしがみつこうとしている者も、生きようとする点で変わりはない。
そう思ってはいるものの、どうにもならなくなる時がある。
これは自分が頭で考えているよりも相当なストレスらしく、怒り狂った思いを抱えた次の日、現場に行くと耳が半分聞こえなくなっているのに気付く。
ラジオの音なんかは普通どおりに聞こえているのに、仕事場での会話は、他愛のない話であっても、ぼわんと聞こえるのだ。

ネットで調べたところ、耳管狭窄症というのが最も当てはまる。
飛行機なんかで一気に高い高度に移動したときに、耳が詰まって聞こえなくなる、あれだ。
私は耳抜きが上手にできる方なのだけど、仕事場ではどうがんばっても改善しない。
症状は似ているから、耳抜きするのだけど、ダメなのだ。
もうしょうがないからと、あきらめて一日を過ごすしかないのだけど、こんなにもストレートにストレスが身体症状に出るのも珍しいと思った。
防御能力が適度に働いているのかもしれない。
要するに、身体からの警告なのだから。
ちゃんと聞きいれますからね。

ところで、「おれたちの青空」(佐川 光晴)を読んだ。
児童養護施設に入った子の話なのだが、当たり前だが複雑な生い立ちでもって、ここへやってくるわけだ。
親の虐待やら、育児問題やら、親の進退問題まで、様々な理由でもって、ここへ児童は送られる。
その児童養護施設を北海道で立ち上げたおばさんが、すごい。
北大医学部中に、劇団をやって中退し、劇団の仲間の一人と結婚し、浮気されて解散し、離婚し、縁あって児童養護施設の世話係となった女性だ。
突き進むタイプの人間で、うらやましいんだかなんだかよくわからないけども、弱い子どもを必死で守ろうとする姿はかっこいい。
ちゃんとした意味での大人が大事に思ってくれるというのは、子供らにとっちゃ心強いことなんじゃないだろうか。
大人になりきれない大人が多くて、確かに大人も生きるのに必死なんだけど、子どもを認めて大事に思うことができるのは大人しかいないのだ。
そんなことを強く考えさせる本だった。

雰囲気を悪くさせている自覚有り
※少々怒り狂っているため、うっかり見てしまって気分を悪くさせてしまったらごめんなさい。


イライラで本日が始まってしまった。
ボンクラ2号に引き継ぎをしたけども、到底引き継ぎきれないと解っていた。
残念ながら、いろんなことを知らな過ぎる。
だが、それでも引き継ぎ完了したとボンクラが思ってしまえば、それで私の業務は完了となる。
それでいいと思っていた。

ボンクラ自身は、引き継ぎ完了で業務ができると言っていた。
もう大丈夫だからと。
そう言ってしまえば、私はもう用無し。後は好きなことして過ごそうと思っていた。

ところが、本日よりまた別の奴に引き継げと。

ハァ?

先週やったことはなんだったんだー?

おまけにまだOJTも終わっていない新人がいきなり来て、引き継ぎって。

ハァ?

ただでさえイライラしているのに、さらにヒートアップ。
おまけにデスクもなくなり、ぼけーっと突っ立ってろって?

あ、いじめか・・・・

かなりうんざりしてきた。
私の残りの時間をどう使おうが、使用者の勝手と言わんばかりのごり押し感。
感情を切ってしまわないと怒りで狂ってしまいそうだ。

こんな仕事、どうなろうが知ったこっちゃないわっ!
自分が関わらなければ、崩壊しようがクレームが来ようがどーでもえっちゅーんじゃ。
円満退職ならともかく、辞めさせられる奴にいろんなもん求めんなっつーの!
おまえら勝手にやれっ!!


不得手を克服しようと思うな
ドラッカーはこう言っている。
不得手なことの改善に時間を使うよりも、強みに集中した方がいい。無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりもはるかに多くのエネルギーと努力を必要とする、と。

異論はない。
ないけども、自分の強みを理解している人ってどれだけいるんだろうか?
私はIT業界の営業に言われるまで、それを強みと思っていなかった。
あまりにも自分の性格に根付いていて、それが特徴とすら思っていなかった。
幸い私はそうやって教えてもらえたけれど、果たして、一般的にはどうやって知るのだろうか。

こう考えていると、転職に成功した奴は、得意分野を磨いていたことに思い当った。
私が散々このブログで罵ったボンクラ1号だが、不本意なこの現場を去り、元の分野に転職した。
私は二度とこいつと会いたくないと思うし、仕事もしたくないと思うが、こいつは自分の強みをわかっていて、それを汲んでくれる会社を見つけたのだ。

会社は、経営者はその人の強みを見極めて、その能力を生かす場を与えるべきだし、労働者は与えられたら真摯に取り組む必要がある。
当たり前のことだ。
だが、会社の中にはその能力を生かす場を与えるだけの力がなくて、半分リストラの意味を含むかのごとく、それまでとは異なる分野に送り込んで、自らギブアップを促すということもする。
もちろん、その会社がおかしい。
末期だから、できるだけ人件費を削ろうと躍起になる。
そんなところに私はいて、今度はボンクラ2号を罵っている。

何かが狂っているだろう?

実のところ、もう私はボンクラ2号とは関わりたくない。
同じ時間仕事に関わってきて、すべてにおいて残念な結果しかもたらさないこの人と、もう仕事はできない。
だが、ボンクラは末端である。
何が真におかしいのかと言ったら、ボンクラの所属する会社だ。
要するに、経営者の素質のない奴が、何の間違いか、今まで経営してこれた、そんな会社なのだ。
そして、そんな会社に所属する社員がまともな訳がなく、ボンクラがボンクラである所以、ここに有りだ。

狂った会社の歯車は、我々労働者だけがその歯車を止めることができる。
一番力を持っているのは、実は、末端の労働者なのだ。
それに気付いてほしい。

不況になると哲学が流行る
不況下では哲学が流行るらしい。
今まではうまくいっていたのに、何でこうなったんだろうと考える人が多いせいではないだろうか。
絶賛私は不況下なので、ドラッカーなんぞ読んでみることにした。
「仕事の哲学」

まだ少ししか読んでいないけど、当たり前のことを書いているだけではないか!!!

”アウトプットを中心に考える”なんか、まさに私が常々考えていることそのもので、ドラッカー的に述べると、
”仕事を生産的なものにするには、成果すなわち仕事のアウトプットを中心に考えなければならない。技能や知識などインプットからスタートしてはならない。技能、情報、知識は道具にすぎない。(マネジメントより)”
となる。

若いIT企業は、素人をとにかく現場に送り込むために、まず技能や知識をインプットさせることからスタートさせる。経験を伴わない技術や知識なんて、当たり前だが応用が利くわけでもなく、技能資格はただのお飾りとなってしまう。
ドラッカーの言うように、このような取り組み方では生産的な仕事ができないのだ。
生産物を得るためにはどうしたらよいかということを考えなければならないのに、生産物は放置し、その過程、すなわち道具ばかりにこだわっている。
これでは素人はいつまでたっても素人だろう!

私は今引き継ぎを行っているのだが、進捗が芳しくない。
情報は全部開示しているが、それを使いこなすのはその人の問題として放置している。
だが、まるっきり疑問も質問も出てこないので、不安になってきた。
きっと全く理解していないのだろうと思う。
けれど、辞めさせられる立場としては、今後の現場がどうなろうがどうでもいいというのが本音。

ドラッカーはこうも言っている。
”辞めることが正しいとき”
”組織が腐っているとき、自分がところを得ていないとき、あるいは成果が認められないときには、辞めることが正しい選択である。出世はたいした問題ではない。(非営利組織の経営より)”

私は滞りなくサービスを動かしてきた。摩擦はあったが瑣末な問題に過ぎなかった。
決定的な問題は、組織が腐っていることを認めず、腐っていることを指摘した私を切ったことだ。
会社都合の退職だけど、辞めることは正しいと思う。
腐り続けたい会社にとっても、サービスを滞りなく提供していきたい私にとっても、だ。
付加価値
「星守る犬」(村上たかし)という漫画がある。
犬ものだったから読んだのだが、閉口してしまった。
良いとか悪いとかではなく、何も言えなくて黙ってしまう内容だった。

一戸建てのおうちだったらありがちな、子どもが捨て犬を拾ってきて、世話をするからと頼みこんで、結局母親が世話をする羽目になり、父親は休みの日の散歩しかしないというパターンで、犬は飼われた。

犬というのは、基本的に餌をくれる人よりも、遊んでくれる人の方が好きだ。
それは一緒に遊ぶことで、群れを意識するせいなのではないかと思うけど、従って遊ぶのが犬は大好きなのだ。
この話の中でも、毎日の世話担当の母親よりも、散歩を一緒にする父親に犬はなついているようだった。

この父親は体調を崩して会社をクビになってしまうのだけど、母親は家庭を顧みなかった父親と離婚を決意する。
そうして父親は犬と家を出ることになってしまったところから、話は始まる。

昔は父親が稼ぐから、一人では暮らしていけない母親は家庭を守るという役割分担になっていたけど、今は違う。
父親はクビになることがあるし、母親は自分で収入を得ることができるのだ。
近年はただ一つのことだけ担っていればよかったから、現在は役割が複雑化してしまったかのような感じを受けるかもしれないが、農家なんか昔から総出で働いたし、家庭の中の力仕事は父親の仕事だった。
みんな、何でもやっていたのだ。
何でもやるからお互いに口出しあうし、うるさいこともあったろうが、自分がそこにいる存在価値を感じられたのではないだろうか。

団塊の世代はこの話の父親みたいのが多い。
バブル世代も氷河期世代もこういう男が多い。
稼ぐことがすべてだから、それができなくなったら、鬱陶しがられてしまうのだ。
熟年離婚なんか、それの典型。

だけど本人にしてみたら、今までそういう育てられ方をしてきたし、周りもそれを容認したし、何でこうなるのか理解できないだろうと思うのだ。
でも時代はどんどん変わっていくし、人の考え方も変わっていく。
インターネットでさまざまな人の考え方を知ることができ、良くも悪くも影響を受ける。

稼ぐのは、男女デフォルトになりつつある今、それでもまだ一緒にいたいと思うなら、付加価値をつけなければならない。
こんな風に書くと冷たく感じるかもしれないが、一緒に休日は歩くとか、買い物を楽しむとか、この人と過ごしていておもしろいねと相手に思わせる付加価値は、一生付き合っていく上で重要だろうと思う。

稼ぐことだけに固執するなら、独身でいればいいと思う。
それはまたそれで、問題ない。
そういう時代でもあるのだ。
首のすげ替え
本当にヤバい状態になっている。
どうやら、私は雇止めらしい。

元々あり得ない単価で受注したこの現場、客は安くあがって、大規模トラブルも起きないのでウハウハみたいだが、その分のしわ寄せが私みたいなバイトの時給に跳ね返っている。
最初に提示された仕事内容に対し、あれもこれもそれもどれもと増え続け、それまでなかったサービスも加わったため、時給交渉を行っていた。
そうしたら、いつのまにやら新しいバイトが入ってきた。

そう、私と入れ替えだってさ。

今やってる作業を引き継げだってさ。


現場リーダーのボンクラ2号(正社員)に比べたら、笑っちゃうくらい低時給で働いてるってのに、全く仕事をしないできないこなせないこいつがクビにならないってところが、我を忘れるくらい腹立たしい。
ボンクラ2号は絶対認めないだろうが、私の方が対応業績がよい。
当然、周りの評判も良いから、使える人材として定着している。

ただ、ボンクラやボンクラの会社の営業にはとても厳しく接している。

なぜなら、ボンクラ2号は相当なスキル不足により仕事ができないからだ。
そういうボンクラを叱咤激励し、スキルアップを促すのは営業の仕事だ。

そんな風に接していたら、うぜえやつ、と排除されてしまった。

麻雀をしたことがある人ならその感覚を思い出してもらいたいのだが、どのパイを切るか迷った時に下手な人ほど使えるパイを捨て、振り込んでしまう人がいる。
この現場の総責任者はまさにこれ。
現場をまわしていくのに、私は結構コアなところにいたけども、黙らないが故に切られた。
使えるパイだったのにね。

この現場、もって後数カ月と思っていたけど、その前に人員整理来たかー。
首をすげ替えるってことは、あがくつもりらしい。
なぜなら、新しいバイトに話を聞いたところ、またもや素人ぽいのだ。ボンクラと似たり寄ったりかも。。。
もはや、仕事をまわしていくということが後回しになってしまって、客が望んだ人数を揃えておきさえすればいいと考えているようだ。
経営が大赤字であっぷあっぷなんだとすげ替えの際言われた。

けどさ、あっぷあっぷの原因は使えないボンクラのような多数の正社員を抱えてるせいだ。
年齢が高いから給与も高いし、家庭を抱えてるから自分からは絶対辞めないだろうし、新しい仕事は覚えられないし、そういう社員を使いこなす契約も取ってこれない。

で、正社員を解雇するにはすごく敷居が高いみたいだけど、雇止めは実に簡単なようだ。
雇われる方もそういうの有りで、悔しいけどもあきらめているようだし、頼りになりそうな法律もない。
今や大半の人が非正規雇用だというのに、この放置されっぱなしな感じは一体何事だろう?
公然と奴隷制度がまかり通るこの社会って、一体何なんだろう?

疑問ばかりで6月が始まった。
あと数週間で私はここを去ることになり、またしても無職だ。
ああ、ごめんよ、私の犬。
しばらくはクッキーを我慢しておくれね。
Copyright © 2017 雲のすきまから. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。