いろいろ考えることを止められない、不幸脳の戯言。
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素人かっ!!
うはー・・・・・・

同じ期間働いてきて、今さらメールの設定ができないってナニ?!

こいつはいったい今まで何をやってきたんだろう?

とあるビジネスコラムサイトに書いてあったけど、転職をする際、業界を変えることはできても職種を変えるのは難しいとあった。
そうだと思う。
転職はそれまでの経験値をもって、買ってもらうものだから。

それを踏まえて考えると、こいつは異なる職種からやってきているため、私みたいなのから見ると、まるっきり素人なのだ。
素人だけど、同じ現場にいる以上仕事をしてもらうのは当たり前。
しかし、周りの評判は最悪だ。
のびしろがあるタイプだったらよかったけど、こいつは伸びきったゴム状態で、何も頭に残らないらしい。

私はこういう給与泥棒みたいのが一番嫌いだから、あえて無視していた。
教えるのも嫌だし、最低限かかわればいいやと思っていた。
だが、なぜだかここへきて、こいつに仕事を教えなければならない事態に陥ってしまった。

そして、冒頭の魂の抜けるつぶやきとなる。

異職種で苦労をしているかもしれないが、その苦悩が全く見えない。
本当に、全く自分からやろうという意識の無さに、ただ驚くばかりだ。
前日教えた作業を、今日はすでに忘れている。
メモも取らないし、何のためにその作業をするのかわからないまま、言われてただ作業をしているだけだからだ。

言われたことだけやってりゃよかったんだろうね、今までは。

だがな、あいにく作業には意味があるんだよ。
それを考えながらやらないと、作業不足も過剰もわからないだろう?

頼むよ、もっと考えて仕事をやってくれ。
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コアビリーフ
自分が「こうあるべき」と信じていることを、コアビリーフと呼ぶらしい。
今の現場でも様々なコアビリーフがあり、私がどうでもいいと思うことに怒りを覚える人もいる。
そこは大人だから、お互いイラっとしても表には出さずに無視したり、スルーしたりするのだけど、どうしようもなく腹が立つこともあり、ついつい口を出してしまう。

私は効率的に動くのが仕事をこなすことだと思っているので、互いに声を掛け合うのが当たり前だと思っている。
そうすればいちいち確認したりするムダがない。
ところが自己完結してしまう奴もいて、いちいちどうなったのかをこちらから聞かなければならない。

”作業したなら一声、やりました!宣言だけでいいのに、なぜそれをやらない?!”

・・・ついつい言ってしまった。
自分的にはうんざり半分の怒り混じりの口調なんだけど、相手はどうとったかわからない。
年下の私から言われたことに対して、怒りを覚えているかもしれない。
だが、こいつからどう思われようが、どーでもいい。

世の中にはアンガーマネジメントという協会があるらしい。
要するに、キレないようにするために、感情のコントロールを学ぶところらしい。
怒りとはコップにたまった水のようなもので、あふれ出したところで怒りが発生とある。
確かにそうかもしれない。

プライベートは会いたくないと思えば、避ける手段があるけども、職場はそうはいかない。
うんざりしても、疲弊しても、キレるほどの怒りを抱えても、毎日同じ顔を見なくてはならない。
ただ、それは一方的なものではない。
間違いなくお互いが嫌な思いをしている。

今回のことに関しては、ただ黙って、そいつの作業はなかったことにして、自分で確認すりゃよかったってだけの話。
ただ、そいつが仕事こなしているとは言い難いけどね。

後少し、後少しだよ。
解放される時が来るまで、黙って作業やってなさい!自分!
考え込むとロクなことがない
ふとした瞬間にふつふつと考え込んでしまい、そんな状態で出したものなんて、ロクでもない答えが多いものだ。
半年後の自分のために、今からできることはないかとついつい考え込んでしまうけど、まずは足元を見ようと思う。
二度と一緒に働きたくない連中なので、人間関係には未練がない。
バイト連中とは楽しかったけど、ここを出たらもう二度と会うことはあるまい。
お客にしても、二度とかかわることはないので、適切に今まで通り対応すればヨシ。
そんなことを考えながらこのブログを見返したが、今でもフレッシュにその頃の怒りが湧いてくる。
私のこの怒りパワーはムダな感じなのだけど・・・

しかし、何で私はひとつのところでじっとできないのだろうか。
バイト前は普通に社員だったのだけど、どこへ行っても不満の種を見つけ出し、一人で大きく育てあげ、自分からさっさと辞めている。
この原因を探らないと、きっと同じことを繰り返し、いつまでもいつまでも安らかになれない。
次を探すためにも整理してみようと思う。

バイトを探し始めた頃、暮らせる程度の給与がもらえればいいと思っていた。
修行中の工芸では食っていけないから、生活費を稼ぐために働き口を探したのだ。
ブランクがあったので、最初は自分的にはめいっぱいだったけど、慣れるにつれ、不満を抱え始める。
その不満は対個人になり一旦は解消するものの、何で自分がカバーしなきゃならないんだろう、こいつら仕事できない正社員のために、に行きつく。

そう、つまり、ここだ。

”仕事できない正社員”
俗に言うフリーライダー。

こいつをカバーするために、安い時給と悪条件で私が働く意味はあるんだろうか?

もちろん、会社的にはある。
使えない正社員をとりあえず送り込んでおいて、そこそこ作業ができる安い人材でまわりを固め、業務を遂行していくことは、IT業界には常識的なことである。
正社員は簡単に首を切れないから、抱えて行くための策だ。
それに私のような奴隷はいくらでも捕まる。
今は不景気だし、仕事を探している人はいくらでもいる。
安かろう悪かろうの習いに沿わない、安かろう良かろうの人材も多いので、会社は人材探しに苦労しない。

”あなたは既存の正社員の既得権益を守るための存在である”

それが明確になるにつれ、不満が募り始めるのだ。
つまり、私は自己犠牲の精神には程遠い人材なのだ。
不満に対し、数々の妥協点を探ってはきたものの、最終的には”何でこいつのために!”となってしまう。
それが客ならいいけど、同じ目線で同じ仕事をする連中となると、不満が募り始める。

何でこうなるかというと、私の性格として、指示待ちができない。
全体の流れを考えて次の作業をやり、これを固めて報告し、決定事項を仰いでまた作業を行うといったことをどうしても考えてしまうため、全く場を把握していない人や指示待ち人材より、早く全体を把握してしまう。
把握してしまうと自分で作業を行う羽目になり、作業の先頭を行くことになる。
本音は”しないと予定も立てられず一番重要な自分のプライベートに影響を及ぼす、そんなのは嫌だ、とにかく効率よくやりたい”だけなのだけど。

この指示待ちができないというのが、バイトや派遣では致命的と思われる。

最初のうちは把握するのに必死だからいいのだけど、こういうやり方で仕事をしてしまえば社員的な働きになってしまうため、悪条件に不満を持ってしまうのだ。
これがいけない!!

この先バイトや派遣である程度を稼ぐつもりなら、この性格を修正していかなくてはならない。
バイトや派遣に対し、この性格に見合うだけの時給を払う会社なんてないのだ。
一生やっていきたいのは工芸の仕事。
こつこつで構わないから、とにかく捨てたくない。
そのために今の性格を修正するくらい、大したことじゃないんじゃないか?

ああ、結論が出た。
人生において重要なものをすでに見つけたのだから、あっち(会社)に入れ込みすぎてはいかんのだ。
ヨシ、このスタンスで行こう。
大事なものは足元に転がってる、そう思った暑い一日でした。
(さ、ご飯つくろ)
リハビリ期間を有効に過ごす方法
カウントダウンが始まった今のバイトだが、しばらく取り扱っていなかったITサービスのリハビリにぴったりだったとは思う。出勤すること、人と話すこと、電話をとること、すべてがリハビリだった。
しかし新しい技術を得ることはなく、今までの知識の小出しで済んでしまい、どちらかというと運用サービスになってしまった。
年齢的には、そういう運用サービスに移行した方がいいのは解ってるけども、バイトごときにまかせるような内容じゃあない。
させたいならそれなりに待遇を改善していただきたいと思う。

しかし、世の中そんなもんに金を払うくらいなら、最初から社員を雇う。
バイトは安い金額でめいっぱい文句言わずに働くからいいのだ。
そうでないバイトなんて、いらない。

私がこう考えてしまうのは、就職氷河期世代のせいなのか。
とにかく、会社というものが全く信じられない。
”会社”なんて漠然とした意識の塊の、どこをどう信じればいいのかがわからないのだ。
個人では信頼できるかもしれないけど、仕事を通した途端、会社を背負った途端、疑り深くなってしまう。
よって、私はありとあらゆる防御機能がフル稼働となってしまい、疲れ果ててしまうのだ。
その防御機能のおかげで、私は今も暮らしていけるのだけど、疲れる。
まさに、生きて行くのに疲れるってやつだ。

もう少し防御機能を緩められないものだろうか?

根底にある、所詮自分でなんとかしなければならないというこのゆるぎない感覚。
世代のせいではなく、ただの性格なのだとしたら、私はがっつりと氷河期を生き抜くか、あっという間にストレスで死ぬかのどちらかだろう。

今は氷河期を生き抜くためのリハビリ期間なのだから、ストレスで死んでしまっては元も子もない。
いい加減という意味のてきとーに、らく~に、残りの期間を次のストレスのために備えよう。
”何も方針が決まっていない、サービスの運用をまかされていました”
これが私の次の武器となりますように。
思いこみの強い人
ひとつのサービスを実行するには、ある程度の方針が必要だ。
それがないと、サービスを適用したらよいのかどうかがわからないからだ。
私が担当しているサービスは、まだ方針というものがなく、漠然としている。
漠然としていてラッキーだったのは、私がポカをやっても誰にも責められないところだが、ユーザから見ると、その時その場で対応が曖昧な、いい加減なサービスをしやがって!とクレームとなる。
もちろん、バイトの私に方針を決める権限はない。
しかし、担当する以上は真摯に対応したいと思う。
思うが故に、いろいろ提案してしまう。

これがいけない。

二言目にはめんどくさい、そんなのムダを連発する人とって、私は眼の上のたんこぶにも等しい。
ただもう、その人にとって余計な仕事を増やすだけの存在に過ぎず、煩わしいばかりなのだ。
明らかにそういう態度をとるので、言うの止めてみた。
そうすると、今度は向こうから絡んでくる。
今さら相手するのも面倒なので、適当に話を聞き流していたら、今度はキレた。

以前私が発言したことを曲解して覚えていて、それはもう事実無根に等しいんだけど、その人の中ではそれはリアル。
ゆっくり説明しても、間違った場所を指摘し直しても、どうしても最初にインプットされた考えから抜けてくれない。
しまいには、ちゃんと説明してくれなきゃわからないとさらに激昂。

聞く気がない。
訂正されると怒る。
人の話を聞けと怒鳴る。
そんな説明じゃわからないとのたまう。

こんな人物手に余る。
周りで聞いている人全員が、私に同情を寄せてくれるくらい、激しいのだ。

何かを決めるのも嫌。
でもちゃんとサービスはやってくれなきゃ困る。
困るけど口答えされるのは嫌。
黙って、やれ。

これがその人の正直な気持ちなんだろうね。
給与泥棒だね。
こんな正社員いらねえな。

ただこういう人物を排除すりゃいいってもんではない。
社会というのはガチガチに固めて行くと、余裕がなくなってしまう。
私はガチガチに近い方の人物だと思うし(おかげでプライベートはゆるゆるだけど)、ゆるゆるな人の貴重さは解っている。
すべてをガチガチに固めると、自分も動きにくくなるのでやりたくない。
私にとっては、方針を決めるのは最低ラインのところだけでいいのだけど、それすらも嫌と言われたら、仕事できませんと言うしかない。

ああ、とうとうその日が来ちゃったのかねえ。
バイトの弱いとこって、クレームを言う先がないことだ。
辞めるか続けるかの選択しかない。

とはいっても後少しで現場がなくなる予定なので、それまでどうにか過ごすのが最善策と思われる。
打算的な社会人、加えて一人暮らしだからそれでヨシ。
タイミングの悪さ
世の中にはタイミングが悪い人がいる。
いつも全く関わらないのに、なぜか、よろしくないタイミングでだけ遭遇するのだ。
同じく、いつもいない時に限って電話をかけてくる人、訪問してくる人がいる。
このタイミングについて、会えないと思っている側の瑣末がガサツなせいだと述べている人がいたけども、私の観察結果は違う。
この場合は、どちらも瑣末がガサツな人なのだ。
片一方だけの問題ではない。

よって、私の結論は、物事を運ぶペースが、ただ、ただ、その人と合わないだけなのだ。
この場合、言うべき言葉はただ一つ。

”しょうがない”

また次のタイミングを狙うか、ちょっとばかし自分のペースを変えればいいだけさ。

というわけで、次の案件が見つからない件について、とりあえず今のところで条件面と戦いながら、毎日を過ごしているってわけですよ。
それにしてもわからない。
三六協定を結びながら、週48時間勤務させても、最後の8時間が時間外扱いにならない理由が。
変形労働時間制ならば、それを合法にできるようだが、それは使用者に起算日などを知らせなければならない。
例え別の日に代休がとれたとしても、時間外は、時間外なはずなんだけど。。。
何かしら抜け道があるのだろう。
ぜひとも知りたいねえ。
祭りは人を元気にさせる
一年も前に話題になったCMに、「祝九州新幹線開通」がある。
九州の鹿児島を皮切りに、博多までの道中を新幹線に向かって人が手を振るというだけのCMなんだけど、これが実に楽しい。
カンヌ国際広告祭で金賞をとったという代物だ。
ああ、こいつらむちゃくちゃ本気で楽しんでんじゃないか!楽しそうじゃないか!と、
こっちまで参加している気分になるCMなのだ。
気分が落ち込んでいる時、これを見ると涙も出てくるが、元気も出てくる。
祭りというのは、やる人が本気で楽しんでこそ、周りの人も楽しくさせるのだと、本当に思う。

日々はあれこれあって、毎日同じとはいかず、昨日うまくいったことでも、今日は通用せず、
二度と同じ日はやってこず、毎日が貴重で仕方ないけども、このままでいいのかという焦りもあり、
一人落ち込んだりする時もあるけど、日々を楽しんでいきたいものだ。
笑う門には福来る!だ!!

祝!九州 九州新幹線全線開CM180秒
http://www.youtube.com/watch?v=UNbJzCFgjnU


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