いろいろ考えることを止められない、不幸脳の戯言。
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のれんに腕押し
のれんに腕押しとは、手ごたえのない物事に対して言うことわざだ。
こういうタイプの人間は、何を言われても気にしないし、気にならないので、ベストな配置をしないとだめだと思う。
1年経っても使い物にならない人材に対し、常にマイナス1の状態で現場をまわしていくのは、本当に限界がある。
この現場には、そぐわないのだ。
ITサービスを売る人が、IPアドレスはどうやって当てるんだっけ?なんて、あり得ない質問だ。
あり得ないよ。。。お前は一体1年間何してきたんだと、責めてやりたい。

だが、のれんに腕押しなのだ。
責めたところで、のれんだからスルーされてしまう。
言うだけムダ。しかし、心象は悪くなる一方だ。
今とは畑の異なるサービスを売ってきたが、そちらでの仕事がなくなったので、新境地とやってきたはいいが、本当に今まで使えてたのかと問いたくなるようなダメっぷりだ。
新境地でやっていく気があるとはとても思えない。

はるか昔、異なる言語環境に放り込まれてしまった時のことを思い出す。
毎日まともにしゃべることができなくて、今まで習ったことが生かしきれなくて、友人に逆ギレしてみたり、落ち込んでみたりした。
ある時、夢でのシャウトがその言語になった時、するりとなじむことができるようになり、抵抗なくしゃべれるようになったのだ。
そういう瞬間があることを、私は知っている。
だけど、ここへ到達するまでは辛かった。
でも食らいついて、離れないでいると、どうにかなっていく。
どんな仕事だろうと、食らいついていくと、こんな瞬間に出会えるものなのだ。

のれんはこういう瞬間に出会ったことがないのかもしれない。
だからのれんなのかもしれない。

こう考えたって、イラつくことには変わりないけど、のれんが顔にかからないように、手で避けるやり方を学ぶ。
今はきっとその時なんだろう。
後少し、がんばろう。

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鈍感力
別に誰かが読めって言ったわけでもないのに、読んでしまったあたり、何か思うところがあったに違いない。

「なぜ鈍感力のある女性はモテるのか」日経ウーマンオンライン(日経ウーマン)

なんでこんな記事に目をつけたのか・・・

週末は働く人間にとっての買い物デーだ。
いつも行かないスーパーに買い物に行ったのだけど、母、妹、姉妊婦な3人がレジに並んでいた。
大量に買い物していたから、カートを使ったのだろう。
品物のレジ打ちが始まったら、なぜか姉妹はカートを放置してレジを抜けていってしまった。
どうしてそのカートを放置して、レジを抜けていく?
3人も人員がいながら、誰一人としてカートを片付けず、レジに並ぶ私の前に置き去りにしていくのだ?

こういうのイラっとするわけですよ。
お前親になるんだろーが、なんて思ってしまう。

ああ、ここで鈍感力を発揮すればヨカッタ?

実は、私の考える鈍感力って、どーでもいいとイコールです。
つまり、無関心。

つい先日も、いつもの私なら怒り狂うような出来事を、この私がさらっと流しているのを見て、バイト仲間が珍しいと感心していたことがあった。
なぜなら、この件に関しては、どーでもいいと判断したから。
私に被害はない。
将来的にそいつは被害をこうむるだろうけど、そいつのことを何とかしたいとも、何とかしてやろうとも思わないので、鈍感力を発揮させたわけです。
無関心、放置プレイです。

一緒にいて、心が安らぐ女性を男性は選ぶと記事にはあるけども、それこそ、金出していくらでも話し相手になってくれる商売のおねーさんがたがそうでしょう。
相手に対して求めるのはお金だけで、どうしてほしいとか、こうあってほしいという要望は一切ないものね。
人格に対して、無関心、放置プレイです。

そもそも、鈍感力を意識して発揮しなきゃならないくらい、価値観の異なる人とは一緒にいられないと思う。
ダメ出しや、ズバっと切るシーンも、価値観と教養の差からくるものじゃないだろうか。
そこらへんが似ていないと、ちょっと一緒に食事するだけでも、不快な思いをしてしまうから。

というわけで、例えモテたくても、相手のダメなところを鈍感力と誤魔化して、そのまま放置は絶対ダメと言いたい。将来結婚し子どもを持った時のことを考えて。
なぜって、子どもは親の姿を見て育つ。
ダメなところはダメを見習い、そのまま子どもは受け入れてしまう。
後でいくら学校で習ったところで、染みついた感覚は治らないもの。

件のレジ親子、まず間違いなく、これから生まれる子もああなるのだろうと思う。
この親子に教養がないと言ってしまえばそれまでだけど、無関心に放置した周りにも責任あるかもね。
一応反省しとく・・・・?
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