いろいろ考えることを止められない、不幸脳の戯言。
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エネルギー
日本で、停電をこうむるとは思わなかった。
例えば海外でなら、湯が出なくなろうが、冷房が止まろうが、電気が消えようが、有りだなと思っていた(私が選んだ旅行先が、都市でないせいもあるのだが)。
だが、日本のどこへ行っても、過疎地に行っても自販機がないところはなく、闇を感じることができるのは設備がきっちりしていないキャンプ場くらいだった。
それが、自分の住んでいる地域で闇を感じることとなったのだ。
これはかなり衝撃的なことだった。

電気の安定供給が、日本を発展させてきたと思う。
電車を通すことで、通勤1時間の都心から離れた場所に住むことができ、それによって大量の人材が確保でき、それと共に会社も大きくなり、消費が活発化した。
電気というのは、発展の原動力であったのではないか。
その原動力が、今回ストップした。
それも、災害を伴いながら、だ。

原発・・・
果たしてヒトの手に余るものなのではなかろうかと、今回の事故を見て考えた人は多かったに違いない。
一旦暴走しだすと、手に負えなくなるのが原子力発電だ。
だから暴走をさせないように、人はその一歩先を考えておかなければならない。
軽々しく想定外なんて言ってはいけないのだ。

原子力のエネルギーを利用するこの方法は、あたりを燃やしてしまっても、燃えつくしてしまえば終わりといった性質のものではない。放射性物質は、ヒトが死に絶えるまでその能力を発揮するし、生きている間も細胞を傷つけ、その傷は後世にどのような影響を与えるかわからない。
チェルノブイリの事故で、野鳥に一部脱色や奇形が見られたりしているのだ。
25年も前の影響が、今、発見されつつある・・・・

しかし、こういう性質のエネルギーであっても、今でも使い続けなければならない。
これが現実だと思う。

単純に原発反対を申す気はない。
今生きている人、これから生まれてくる人の生活を守らなければならないからだ。
原発は、日本国民が選んだ道なのだろう。
そこで雇用も生まれたし、会社は成長した。
私も、ITという電気がなければ仕事にならないような仕事に就いている。
停電が続けば、大量の人が職を失うだろう。
原発のような扱いの難しいものを利用するなら、ヒトは考えて考えて石橋を叩いて渡らなければならない。
”想定外”は無しだ。

日本で起きたこの原発事故が、新エネルギーの発見につながり、脱原発にならないかと考える。
そうなってほしい。
私の本音だ。
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ある日突然に。
巨大な地震は起こった。
前触れのような地震はあったけど、まさかここまでになるとは思わなかった。
今回の地震は想定外と呼ばれている。
想定外は原発の事故も引き起こし、私自信はといや、被災はしなかったものの、電力面での影響を受けることとなった。

が、この地震以前に、想定外のことが私の身に起きてしまった。

事故、交通事故である。

朝の犬の散歩中に私が、ひかれました。。。。

犬は全く無傷で無事だったので、心が荒れるようなことはなかったのだけど、骨折というのはなかなか元に戻らず、加えて脳挫傷の影響が多大で、しばし私は人事不省となっていた。
そしていまだに事故時の記憶は戻らない。
このせいで、あやうく仕事を失うところだったが、幸い事故った時期が繁忙期ではなかったのと、私自信がギブアップを申さなかったため、首はつながり、今に至る。

交通事故は、一瞬でこの世とおさらばさせてしまう。
事故にあった当人は、事故にあったと意識することなく、死ぬのだ。
私は未だに交通事故にあった実感がない。
恐怖もない。

だが、私の場合、代わりに恐怖を引き受けたのがいた。
犬である。
どんな風にぶつかってきたのかわからないが、この事故以来、やたらと車とバイクを怖がるようになった。
俗に言うトラウマなのか、学習行動なのかはわからないが、車とは反対方向へ逃げようとする。
この犬がどんな光景を見たのか、私にはわからないが、首輪が半分引きちぎれていたところをみると、逃げようとしたのだろう。かわいそうに。

交通事故はまぎれもなく人災だ。
私も免許を持つ身として、嫌になるくらい気を付けたいと思う。
そして、いつでも次の日があると思ってはいけない。
何も意識せずとも、突然に、事は起こるのだ。
今日を悔いることなく、大切に過ごす以外、私たちにできることはないのだ・・・・
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