いろいろ考えることを止められない、不幸脳の戯言。
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”テンネン”と呼ばれて
生まれてこの方、天然キャラだねなんて言われたことがない。
だが、初めて、今の現場で天然だと言われてしまった。
天然、つまり、空気読めない、ということと同評価である。

私のことを天然であると言った人は、おおよそ私と考え方が異なる人物で、私はいつもその人が何を言いたいのか全くわからないのだ。よって、おかしな返答をしてしまうため、物分りの鈍い人だと思われている。
そういう意味の天然、つまり、使えないということなんだろう。
私は散々ボンクラを使えないと評してきたが、ついに自分もそう言われるときが来たかという感じだ。

この人、おそらくバブル時代の人だと思う。
実は、私はこの時代の人間の考え方が嫌いだ。
明らかに社会の新人への評価が緩かったのに、その後の世代に対し、努力が足りないとのたまわる人が多いからだ。この時代も、氷河期世代と同じく競争は激しかったというけども、子供の数が多かったわけでもなく、受験戦争はあくまで良いところを目指すためのものだった。自己実現のために努力をした人たちと、こうしないと落ちこぼれると脅迫されて努力した人たちとは、明確に意識が異なっている。
しかし、それを考慮することもなく、努力して勝ち取ったものであるという自負が、この時代の人間は根強い。
だが、氷河期世代から見ると、時代がよかっただけだね~としか思えない。

時代の話をすると、戦時中に生まれた人が、今は平和な世の中でいいねえと言うけども、他国からの爆撃で死なないだけで、明日をも知れない状況は、今の方が深刻なんではないだろうか。
なんせ、自ら死を選ぶ人が毎年間3万人。
異常事態だ。

人が死を選ぶ時って、明日への希望が絶たれた時だと思うのだが、戦時中なんかは、皆一様に明日への希望が怪しかったから、耐えていけたのではないだろうか。
今は、ある者は安泰が約束され、安泰を約束された者は、されなかった者を自己責任という形で攻め立て、社会から排除し、希望を無くさせて、耐えられなくしている。
社会での存在意義が見出せなければ、たいていの人は自分自身を排除する。
つまり、自殺する。
若くて実家があるなら引きこもりだ。

この場合の自殺って、実は中年男性が多い。
つまり、バブル世代。
バブル世代は、競争を勝ち抜いてきた自負があるため、敗者は切り捨てるようなところがある。
その意識は当然同世代にも向かい、排除していくことをあたりまえとしているのだ。
この世代は、一体何を生み出してってくれたんだろうか。

何を言いたいかというと、私はバブル世代の考え方が嫌いってことだ。
よって、私を天然呼ばわりしたバブル世代者の言うことなんぞ、無視、に尽きる。
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日本の評価
”ジャパンシンドローム”か・・・・

急速な高齢化と少子化は、世界で類を見ない状態であるという日本。
この少子化へのスパイラルをどうやって切りぬけるのか、世界から注目を浴びているという・・・

これって、現在の資本主義が行き詰まりを見せているだけなのではないだろうか、と経済学者でもない単なる消費者の私は思う。
だって、大量消費をする相手がいなくなったことが、最大の原因なんだもの。

かつて、日本はグローバル化と謡っていた時期があった。
今でもそうか。
だけど、これは世界の景気動向に左右されるということなのだ。
おかげで、日本は団塊ジュニアという、大量の消費者になるところを簡単に見捨てた。
団塊ジュニアが、順調に団塊孫を作ることができていれば、少子化と言われることはなかったろう。

今日本がやらなきゃならないことは、移民を受け入れることではなく、自国の若者をがっちり雇用することなんじゃないだろうか。
そして、鎖国なんじゃないだろうか。

どう考えても、今のまま移民を受け入れると、間違いなく雇用のダンピングが横行する。
そしてデフレが進んで、日本人は滅びるだろう。
だが、今の時点で鎖国をすれば、時間はかかるかもしれないが、バランスが取れてくるのではないだろうか。
技術の輸出禁止。
海外工場の閉鎖。
日本で売るのは日本で生産したもののみ。

だが、食いものが調達できないという最大の問題がある。
農業を捨てたツケがどこまでもついて回るね。
外国語が堪能であるよりも、何もないような土地から作物を生み出すことの方が、よほど価値があることではないかと思うのだが、肝心の農家たちがそれに気付いていないと思う。

日本は生き残るかもしれないが、日本人は滅びる気がするよ。
私が年金を受け取る頃、日本人はどうなってるんだろうか。

3年後も想像できない私が、のたまってみた。
同じようなこと考えてる人、少なくないと思うが、いかがだろうか。
時間の取扱注意
遅刻について、かなり厳しく言う人が多いことに少々びっくりする。
遅刻はよくないんだが、守ろうとするのは正しいことなんだが、遅刻しないための5分前行動についてけない。
私の場合、常にギリギリ行動だ。

仕事に関して、なるべく仕事場に費やす時間を減らしたいため、常にギリギリとなる。
遅刻はしていないのだが、時間ギリギリにきやがってとボンクラに言われたことがある。
いいじゃん、遅刻してない。

ちなみに、ボンクラは大遅刻をかましたことがある。
だけど、遅刻にせず、勝手にフレックスにしてたっけ・・・・
フレックスなんてないんだけどな。ここまで勝手が通るなんて、呆れて物が言えない。
良い立場だよな、おい。

働くママも妙に厳しいことを言う。
明日の予定が決まっていたら、少しでも早く行動するもんだと言うのだ。
・・・・・。
早く行動しなきゃならないのなら、始業時間を早くするべきだろう・・・・?
何でわざわざサービスしなきゃならんのだろう?

しかし、サービス時間について、おそらく外国だとシャットアウトしてしまうだろう対応を、私はどうもやってしまう・・・
もうサービス終了時間を1時間も過ぎているのだが、担当者がいるために、対応してしまうというのものだ。
私がさっさと帰ってしまえば問題なく、対応できません!で終了なんだが、今の担当になってから定時でなかなか上がれない。
もちろん残業はつくのだけど、私は早く帰りたいのだ。

結構めいっぱいやってるつもりなんだが、終わらねえ。
何でだろ・・・・
2011年、最初の心の叫び
しばし放置してました。失礼。

最近は勝手にワーキングプアについての本ばかり読んでいる。
何でワーキングプアがこんなに表舞台に出るようになったのか。
何でこんなにも自殺が多いのか。
何で苦痛を感じながら仕事をしなければならないのか。
それを疑問に思うことはおかしいのか。
苦しまないと人生と呼べないのか。

私は人生を楽しい物にしたい。
適度な仕事と適度な友人と適度な収入があれば、人生が楽しい物になることは間違いない。
すべての人がそう思っているだろうに、なぜ、うまくいかないんだろうか。
苦痛を伴わないと、生きている気がしないんだろうか。

私は嫌だね。
楽(らく)を求めたい。
苦はなるべく小さく、楽を大きくしたい。
人生で動ける時間は短いのに、大半を苦に吸い取られるなんてごめんだ。

そんな風にあと15年くらいは生きていたいのだが、その時に仕事があるとはとても思えない。
15年先どころか、3年後の将来の見通しが全く見えない。
ホームレスか自殺者か、うまくいけば生活保護?!
苦痛を伴わない人生を選べば、こうなる。

それでも、私は人生を楽しみたい。
生きているからには、人生を楽しみたいのだ!!
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